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木彫作品一覧
「くさり」 2006年 アカマツ
当時私は、美大で油画を専攻していました。学生にとっては油絵具も安くはないので、多くの仲間が「描画材の研究」と称して絵の具を自作していました。
私も一緒になって、その研究をしていたのですが、ふと、何も油に顔料を溶いたものだけが絵具ではあるまいと思ってしまったのです。木を描画材=絵具として絵を描くこともできるのではないか、と思ったのです。 一木でくさりを彫り始めたのは、台湾の故宮博物院にある象牙細工を知ってからです。複雑な細工には驚嘆するばかりですが、でもこれ、象牙じゃなくてもできるんじゃね?と思ったのが始まりです。木でやったらできました。できたら使いたくなるんです。絵の具として。 さすがに教授には怒られました。ちゃんと絵を描きなさいって。今、5mを超える長さのこのくさりは、元は4mの角材です。小さくまとめられるので持ち運びが容易という優れ物。
「自画像」 2006年 アカマツ、杉、糸、ほか
油画作品としての学部の卒業制作。油絵具は使ってません。画面の厚さが 0mm の部分があるっていうのも、何だか前衛的で気に入っていました。 コンセプトとしては、自由に動けるはずのものがなんやかんやで動けなくなってる感じ。この頃のくさりのイメージは「束縛」「しがらみ」「とらわれる」といったネガティブなものでした。 こんな作品でも、卒業はできたのです。ただ、大学院への進学となると、ちょっと難しい雰囲気でしたね。絵画という分野では自分の表現をあきらめざるを得ませんでした。
「 人 もしくは・・・ 」 2008年 イチョウ
漢字の「人」の字をモチーフに、くさりと組み合わせて社会のあるべき姿を表したつもりです。社会の、というと人と人との関係に限られてしまいますが、人と自然との関係もこうありたいものです。くさりの一方を刃物で、もう一方をチェーンソーで仕上げ、多様性を表してみました。
「つながって支えあう形」 2008年 クルミ
くさりのバリエーション作品。DNAの二重螺旋を連想させる形は刺激的でしたが、正直やりすぎました。作り手のエゴが目立って、私の目指す作風からはやや外れてしまったのです。 実はこれを4mの丸太で作った作品もあるのですが、ただ今絶賛封印中。機会があれば、また今度。
「つながって支えあう形」2008年 イチイ(キャラボク) 個人蔵
螺旋作品の反省を踏まえて、自然に従った形を試みました。イチイはくねりながら成長するため、一本の枝でも姿が楽しい。比較的堅い材質の針葉樹なので、強度を期待できるうえに繊維をはがし易く、端部の処理を除いてほとんどの工程を はがす 作業で行えました。良い形が得られたように思います。当初の思惑と異なり「支えあう」要素は消滅しましたが、タイトルは据え置き。
「接点」 2009年 杉、鉄
木の「裂ける」性質を取りだした作品。前作イチイのはがす行為から発展して、性質そのものに焦点を当てようと考えたものです。形は二の次で、実験的な気分が強かったと記憶しています。
「接点」 2010年 アカシヤ、ほか
丸太を裂き、再構成しました。幹と枝を改めて組み直し、本来の立ち木とは全く異なる姿を目指しています。 木の性質を知りつくし、構成し直す知識や技術は、「木の文化」を誇る日本の根幹であると感じます。と同時に、私を含め多くの日本人からその知識や技術や誇りが失われつつある現状を深く憂慮しています。残念ながらこの作品では、作者が木材に跳ね返された以上の何物をも伝え得ないので、あんまり見ないでください。
「この看板に意味はありません。」 2010年 杉
普通、看板は何事かを周知させるために設けられます。書かれる内容に意味が無い看板などあるべきでないのです。その無用の看板がある。なぜか。この展示空間の非日常性を伝えるため、これを入口に設置します。 これは看板ですが、看板型の彫刻作品です。看板を彫刻のモチーフとしてはいけないという決まりはありません。 これを作った頃は「彫刻って何だ」ということをずっと考えていました(今も考えています)。作品を作る、とは言っても多くの場合一人でできるものではありません。素材の入手には流通を担う業者さんが不可欠ですし、道具だって自分で作れる物には限りがあり、誰かが作ってくれた道具を使う機会の方が多いものです。それでも「これは自分が作った」と言い張れるのは、道具の痕跡を素材に刻み込む決断を、自分がしているからだと思うのです。 ところで、抽象表現を志向する者の考え方の癖として、「要素をそぎ落とす」というものがあるように思います。私もそれです。道具の痕跡に関する決断すらそぎ落とした時に、何が残るのか知りたかったのです。 結果、設置する、という最終判断だけが残りました。これは、私は門外漢ですが、華道に近いように感じます。明治期にヨーロッパから輸入された彫刻の概念が、アヴァンギャルドを目指した結果日本の華道にたどり着くというのは、皮肉めいていて愉快です。私にとっては日本文化の優位性を確信するきっかけになりました。
「2・2・3」 2011年 杉
大抵の公募団体展の出品規約では、作品の大きさは床面4㎡に高さ3m、というのが上限になっています。この作品はその体積を視覚化してみようという試みでした。ここでは天井高の都合でやや低めです。 また、木の彫刻というと「彫る」引き算ばかりを考えてしまうし、私の作品ではずっとそれをやってきたわけですが、そろそろ足し算もしてみようかなと。ひたすら丸太を積み上げるだけでも面白いんじゃないかと。でも四角形だと退屈だから、六角形にしてみよう。余計なことを考えたせいで最下段が面倒なことになりました。 この作品に限ったことではありませんが、たいていの場合、制作途中が楽しく、見た目にも面白いものです。この作品は特に、組み立て時に人が作品にしがみついて作業している様子が滑稽で、面白いように思います。完成してからも登ることはできますが、鑑賞者の皆様には安全のため足を掛けぬようよう、お願い致します。 本当はたぶん、体験する彫刻、を作りたかったのだと思います。
「枝」 2011年 アカシヤ、ケヤキ
人生とは、というと大げさかもしれませんが、でも人生とは、こういうものだと思うのです。様々な岐路で究極の選択を繰り返し、選択されなかった方の選択肢が形になることはありません。かつてそこに岐路があったという痕跡を残すだけ。この枝は、私が選びとった部分だけを残しています。元の姿がどうであったのか、つまり私が選ばなかった選択肢がどんな形をしていたのかは、誰にもわからないのです。私が気まぐれに別の選択をしていれば、違った姿になっていたことでしょう。 選択を間違えたからといって後戻りもやり直しもできませんが、目指すものを見失わないように心掛けたいですね。枝は必ず光に向かって伸びるものです。
「人々」 2012年~ イチイ、イブキ、アカシヤ
「人」の字をモチーフにした連作。思い出の木や大切な人が大事にしていた木を、彫刻作品として残してみませんか。剪定された枝でも制作できるので、必ずしも立ち木を伐倒する必要はありません。別に特許は取ってないので、ご自分で作ってみたい方はぜひ挑戦してみてください。
「部分と全体」 2013年 ヒノキ
一木からくさりを彫り出すと、全体の長さがちょっと伸びます。板の中からくさりを彫り出すと、伸びた分、板面からくさりがはみ出します。平面的でありながら立体感もあって、なかなか良いものです(自画自賛)。 時間が経って古色を帯び、当初目立たなかった杢も見えてきました。長い時間をかけて表情が変わっていくのも無垢の木材の魅力です。
「樹齢260年のケヤキ」 2013年 ケヤキ、ほか
これは絵画か彫刻か、というのはどうでもよくて、これが必要だと思って作った作品。本体は突出しているケヤキの端材で、白い丸太の輪切り状の物体は私の創作です。創作ではありますが、根拠がないわけではありません。本体であるケヤキの端材から想像できる原木の姿を再現してみたのです。年輪の 弧 からは中心の位置が想像できるし、年輪の間隔も明らかです。赤身とシラタの割り合いも何となく見当が付きます。 木材は断片であっても、全体の情報を持っているものです。そして断片から全体を、更には生育環境までも想像して楽しむのが、銘木の鑑賞方法だと思います。今、失われつつある日本の銘木文化に、もう一度関心を持ってください。これほど想像力を要求する、ハイレベルの美術品は、世界にそうはありませんよ。
「行為と可能性の対比」 2014年 ケヤキ
彫刻作品の鑑賞に際して、大抵の場合触れぬよう断り書きがあるものです。鑑賞者の安全のため、作品保全のため、必要なことではあるのです。でも制作者側としては、十分に鑑賞されたという実感を持ちにくいように思います。制作の過程で形を決める最大の決め手が、触覚だから。多くの彫刻作品が、撫でまわすことによって形を確かめながら彫り進められ、完成されています。触ることなしに視覚情報に限った鑑賞では、おそらく作り手の気分の半分ぐらいしか伝わらないんじゃないかと思います。 ということで、これは触って鑑賞してもらうために作ったくさりです。容易には壊れぬよう、頑丈なケヤキ材でできています。なめらかに仕上げたパーツは私自身がつかみ心地の良いと感じた形。粗く残したパーツで加工の工程を追体験できるよう配慮したつもりです。 触ってもいいけど、投げたり振り回したりはしないでください。思わぬ怪我をすることがあります。のこぎりも勘弁してください。
「165年後のことを考えてみる」 2014年 杉、和紙、鉛筆
樹齢46年の杉。外周に近い年輪の間隔が狭く、発育は悪い。苛酷な環境で育った様子が窺える。間伐によらずとも、いずれ枯死はまぬがれない。 / それでももし生きながらえたなら、樹齢211年を数えた時、この木はどんな姿を見せてくれるだろうか。その時日本は、人類は、どうしているだろうか。あるいは西暦2179年から振り返った時、誇れる 今 だろうか。(日本美術家連盟・連盟ニュース№451より抜粋) 年輪からは土地の肥痩、傾斜、日照、森の粗密、年ごとの雨量などが読み取れます。正解はわからないので、勝手な想像です。 / 過去を想像できると、将来も見えてきます。年輪の偏りや成長の早さなどから、その木が伐採されなかった場合どう育つのか、想像が膨らみます。既に断片であることを忘れて、立派な成長を願ってしまいます。 / 人の社会もまた、見えない年輪を重ねているように感じます。過去に重ねた年輪は変えられませんが、これから重ねる年輪は遠い未来から振り返った時に、誇れずとも、せめて恥ずかしくないものでありたいと思っています。(山形県美術連盟会報第63号より抜粋) 第六十九回山形県総合美術展覧会 山形放送賞(彫刻)
「176年後のことを考えてみる」 2014年 杉、紙、インク
この短い丸太、床にベタ置きになってますが、本来は地面から結構上の方にあった部分のはずです。いくつか枝の痕跡がありますが、根に近いとこんなに枝は出ませんから。だからこれは、立ち木の途中を輪切りにした状態です。 今、床に接している辺りは、ちょうど枝の付け根に近かっただろうと想像されます。節が並んでいる面なので、ちょうど日照もあったのでしょう。折れることなく枝も幹も成長を続ければ、きっと断面はこんな感じになったんじゃないかな。 タイトルの数字自体には意味はありませんが、具体的な年数を提示することで具体的な未来の想像を促すことができるかもしれないと考えました。
「55年」 2014年 複合素材
「176年後のことを考えてみる」の制作過程で発生した資料を平面作品としました。モチーフはこれも日の丸。
作家について
木彫作家 町田至
まちだ・いたる 1977年長野県生まれ、山形市在住。 愛知学院大学文学部卒業後、オートバイ整備士として就職。 退職したのち多摩美術大学に入学し油絵を学ぶ。
卒業後東北芸術工科大学大学院に入学し彫刻を学ぶ。
修了後山形市内の銘木店を受け継ぎ、株式会社アトリエ欅(けやき)設立。現在に至る。 彫刻家としての作家活動も積極的に行っている。
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作品について
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